パスカルの「損得論」

パスカルの「損得論」

 パスカルは有名な「賭け」の議論(『パンセ』233)で次のようにいっている。

 《 しかし、君の幸福は? 神があるという表(おもて)をとってその特質を計ってみよう。二つの場合を見積もってみよう。もし君が勝つならば、君は一切を得る。もし君が負けても君は何も失わない。それゆえためらうことなく神があるというほうに賭けたまえ。》

 《 一つの生命の代わりに二つの生命を勝ちうるというだけでも君は賭けるべきである。まして三つの生命を勝ちうるというのであったら君は当然、賭けるべきである。》

 《 損をする機会の有限の数に対して得をする機会が一つあるのであり、云々》

 「得する」(gagner)、「損する」(perdre)、あるいは「得」(gain)、「損」(perte)という言葉のオンパレードである。すぐれた科学者、宗教者として通っているパスカルが利害観念に動かされて真理を追及していることに私は驚く。

 かれの考えは要するにこうである。

 信仰は賭けである。神があるというほうに賭けないのは愚かである。なぜなら神がないほうに賭けて当たっても利益はないが、あるほうに賭けて当たれば莫大な利益(天国に入れる)があるから。

 ギリシャ人は真理を真理であるがゆえに追究した。エウクレイデスは彼の『幾何学原本』を学んだ男が「こんなことが何の役にたつのか」といったとき、召使を呼んで「この人は利益を得たいらしいから三ドラクマあげなさい」といったという。

 私はもちろんエウクレイデスの考えに従う。

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