十二支縁起

十二縁起

 ブッダはこの世は苦に満ちていると考えた。私(たち)もそう考える。「老死」は苦の最たるものである。
 ブッダは老死があることの原因を考えた。そして「生」(生まれること)が原因だと考え、「生」「老死」という系列を考えた。
 生の原因はなにか。生存欲だと考えた。そして「愛」「取」「有」という系列を考えた。
 生存欲の原因はなにかと考えた。欲は意識の存在を前提とする。そこで意識として「行」「識」「名色」「六処」「触」「受」という系列を考えた。
 意識の原因はなにかと考えた。「無明」だとした。意識と無明の因果の関係はよく分からないが、世界の始まりを混沌とする考えは人類社会にめずらしくはないから無明でよいだろう。
 こうして十二縁起の系列が出来上がる。無明によりて行がある。行によりて識がある、・・・という具合である。すなわち、
  無明・行・識・名色・六処・触・受・愛・取・有・生・老死

 バラモン教ではサーンキヤ哲学にこれと似たような系列説(流出説)がある。

純粋精神(プルシャ) : 根本原質(プラクリティ)
              ↓
           根源的思惟機能(ブッディ)
              ↓
           自我意識(アハンカーラ)
              ↓
   __________________________
   ↓       ↓               ↓    ↓  
五認識器官    五運動器官            心   五微細元素
(眼耳鼻舌皮) (肛門・生殖器官・手・足・発声器官) (色声香味触)
                                ↓
                           五粗大元素
                           (地水火風空)

 両者をくらべると、仏教のは下方(下等なもの)から始まり、サーンキヤのは上方(上等なもの)から始まるという感じである。仏教のは暗い。もっとも両者のあいだには世界の始まりの説明と人間のはじまりの説明という違いはある。

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