人生六十年は準備期間

人生六十年は準備期間

 「馬齢を重ねる」という言葉がある。もしこの言葉を用いるとしたら、何歳くらいから用いるのがふさわしいだろう。
 厚労省の発表によれば、2018年の日本人の平均寿命は、男性で81.25歳、女性で87.32歳である。私は男性でいま84歳である。私は年金や後期高齢者医療保険などで若いひとたちに経済的な負担を強いていることを申し訳なく思っている。もうかの言葉を使っても可笑しくないだろう、いや、もっと早くから使うべきだっただろう、などと考えているとき、古い新聞記事の切り抜きが出てきた。
 1986年2月23日の朝日新聞の「天声人語」である。その中に次の言葉があった。

▼そういえば、百六歳で亡くなった物集高量(もずめ・たかかず)さんは、百歳にしてなお、情熱的に語っている。「長生きするには恋ってのが一番いいもんです。恋をすると身内から熱くこみあげてくるものがあるでしょ。あれがいいんですよ」「女は神様ですよ」と。『百歳の青年二人大いに語る』という本にでてくる言葉だ▼本の中のもう一人の「百歳の青年」は、半世紀も正則学院高校の校長を務めた今岡信一良さんである。今岡翁はいう。「私が百二歳になってわかったのは、六十歳までは準備期間で六十からが本当の人生だということです」恐れいりました、というほかはない▼翁は百五歳の今も、講演をし(以下略)

 お二人の言葉、なるほどと思った。今岡翁の言葉には、なるほどと思いながら、初めて聞く新鮮な印象を受けた。私は定年まで職場に拘束されて仕事を積み重ねることに専念していた。定年になって自由な時間ができると、仕事以外にも目が届き、積み重ねた仕事を振り返り、味わう余裕が出てきた。楽しい思い出もあれば、いやな思い出もある。意義ある仕事もあったが、無益な仕事もあった。新しい仕事も生まれ、人生観も深まった。そんなことをとつおいつ思いめぐらしていると、たしかにここから人生が始まったような気もする。
 そして私はお二人の言葉を百歳を越えたひとにして初めて述べ得る言葉と感心したのである。そこまで歳を取っていない私はただ経験者の言葉として感心しながら拝聴するしかなく、「馬齢を重ねる」という言葉の使用に年齢は関係がないことを知ったのである。

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