ユネスコ憲章前文

ユネスコ憲章前文

 2022.6.19付け東京新聞の「時代を読む」欄で田中優子氏が「ユネスコ前文が示唆するもの」という題で論考を発表し、その前文を紹介している。

 「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かねばならない」

 この前文には欠陥がある。後半部分を「すべての人の心の中に平和のとりでを築かねばならない」としなかったことである。一人でも「築かない」人がいればそれで終わりである。ロシアのプーチンがそれを示した。かれは「必要な時には核兵器を使う」といったのである。他の核保有国が「築く」のを控えるのは当然であろう。
 前文は理想である。プーチンは現実である。理想と現実のこの対立にわれわれはどう対処したらよいか。
 人間は、私の考えでは、我欲(自己保存欲)によって生まれ、我欲によって生き続ける存在である(親が子を生むのも我欲の表れである)。人間が我欲を捨てることは一朝一夕ではできない相談である。しかし、だからといって、これを放置していたら、争いが絶えない。ではどうしたらよいか。
 そこで人間が考えたのは、みな我欲を少しずつ犠牲にして争いを回避することである。これがいまの人間社会である。
 だが人間は日ごとに生まれつづける。この知恵を理解しないものも現れる。自己の利益のみを追求し、他を支配しようとする。そして争いが起きる。どうしたらよいか。
 そこで人間が次に考えたのは、むしろ我欲を利用することによって争いを回避することである。自分が核を使用すれば、相手も核を使用するだろう。それでは己の我欲が危険にさらされる。元も子もなくなる。自分から核を使用するのはやめよう、ということになる。これがいま盛んに叫ばれている抑止力の意義である。
 抑止力にも限界があろう。気の狂った指導者が核ボタンを押してしまうこともあろう。しかし、「すべての人の心の中に平和が築かれる」のを待つことは「百年河清を待つ」ことに等しくないか。それを考えれば、抑止力に頼るのも、当面、一つの知恵といえるのではないか。
 

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