政治家の言葉には注意
政治家の言葉には注意
2022.8.13付け東京新聞のp.2 に次の見出しの記事がある。
《 自民政策に旧統一教会関わりは
首相「不当に影響はない」
教団側「手を合わせてきた」 》
これを読んでの私の感想。
(1)「不当に影響はない」ということは「影響はない」ということを意味しない。「不当に」でなければ「影響はあった」、少なくとも「影響はあった可能性がある」ということを意味する。
「不当に」という言葉に騙されてはならない。影響はなかったのだと考えてはならない。政治家はなかなか率直に発言することをしない。副詞や条件節を添えて発言を多かれ少なかれぼやかす。これは後日追及を受けたときのための逃げ道を用意することである。「私はそういうつもりで言ったのではありません」とかなんとかさらにぼやかす道を残しておくのである。
私は昨日のブログで萩生田氏の言葉「特段宗教的なテーマ等はありませんでした」の「特段」について同じようなことを言った。少しくらい宗教的なテーマがあったとしても、「特段」という言葉を盾に逃げることができるのである。
上に首相の言葉と教団側の言葉が並べてあるが、もし首相の言葉に「不当に」という言葉がなければ、首相と教団側の発言は真っ向から対立することになる。首相は「不当に」を入れることによって、そうなることを避けたのである。
(2)新聞記事には統一教会会長・田中氏の言葉があげてある。
「影響を与えてきたかは、客観的に多くの皆様に判断してもらった方がいい」とした上で、友好団体が政治に強い姿勢を持って関わってきたのは事実だ」と話した。
その上で「私たちは共産主義と対峙している。その点から言うと、自民党の議員の方々とより多くの接点を持つ。政治工作という意味ではなく、より良き国づくりに向かって手を合わせてきた」と自民党議員との協調関係を強調した。
田中氏の言葉は、上掲の言葉に関するかぎり、紳士的でまともである。だが読者は決して忘れてはならない。統一教会が問題なのは、多くの日本人の信者から高額の献金を吸いあげ、日本人の家庭を「めちゃくちゃに」したことである、ということを。
2022.8.13付け東京新聞のp.2 に次の見出しの記事がある。
《 自民政策に旧統一教会関わりは
首相「不当に影響はない」
教団側「手を合わせてきた」 》
これを読んでの私の感想。
(1)「不当に影響はない」ということは「影響はない」ということを意味しない。「不当に」でなければ「影響はあった」、少なくとも「影響はあった可能性がある」ということを意味する。
「不当に」という言葉に騙されてはならない。影響はなかったのだと考えてはならない。政治家はなかなか率直に発言することをしない。副詞や条件節を添えて発言を多かれ少なかれぼやかす。これは後日追及を受けたときのための逃げ道を用意することである。「私はそういうつもりで言ったのではありません」とかなんとかさらにぼやかす道を残しておくのである。
私は昨日のブログで萩生田氏の言葉「特段宗教的なテーマ等はありませんでした」の「特段」について同じようなことを言った。少しくらい宗教的なテーマがあったとしても、「特段」という言葉を盾に逃げることができるのである。
上に首相の言葉と教団側の言葉が並べてあるが、もし首相の言葉に「不当に」という言葉がなければ、首相と教団側の発言は真っ向から対立することになる。首相は「不当に」を入れることによって、そうなることを避けたのである。
(2)新聞記事には統一教会会長・田中氏の言葉があげてある。
「影響を与えてきたかは、客観的に多くの皆様に判断してもらった方がいい」とした上で、友好団体が政治に強い姿勢を持って関わってきたのは事実だ」と話した。
その上で「私たちは共産主義と対峙している。その点から言うと、自民党の議員の方々とより多くの接点を持つ。政治工作という意味ではなく、より良き国づくりに向かって手を合わせてきた」と自民党議員との協調関係を強調した。
田中氏の言葉は、上掲の言葉に関するかぎり、紳士的でまともである。だが読者は決して忘れてはならない。統一教会が問題なのは、多くの日本人の信者から高額の献金を吸いあげ、日本人の家庭を「めちゃくちゃに」したことである、ということを。
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